福岡運輸の歴史

私たちが考える理想的な輸送サービスとは、お客様より託された荷物から広がる人と人とのコミュニケーションや、荷物がもたらす付加価値にまで目を向け、更にハイレベルなサービスを実現すること。これからも物流から広がる可能性を追い求め、さらに多くの夢をお届けできる企業として努力を続けます。

昭和35年 長浜本社前にて

国産初・冷凍車のパイオニア

創業者である富永シヅは、かつて漁業を営んでいましたが、戦後、漁業の行く末を案じ、新たに物流の仕事を始めることに。1956年10月のことでした。
そして設立から2年後の1958年、九州の米軍基地からミルクやアイスクリーム、パンなどの食品を基地に住む家族向けに輸送してほしいという要請が福岡運輸にきました。
国内に冷蔵庫すら普及していなかった時代、大手運送会社さえ二の足を踏む要請でしたが、富永シヅはこの「低温輸送」という要請に対して「冷凍輸送は将来も必ず社会に必要になる」という信念、また「社会に役立ちたい」という想いから、当時日本では前例のなかった、冷凍車の開発を成功させたのです。物流業界の常識が一転した歴史に残る画期的な開発です。
「国産第一号機械式冷凍車」はこうして生まれました。

創業者・富永シヅ(左から2人目)と米軍基地スタッフ

日本を運ぶ「福岡運輸」というロングセラー

現在は冷凍だけでなく、多様な温度帯での輸送需要が高まっています。そのような中「“低”温輸送」ではなく、温度を一定に保って配送を行う「“定”温輸送」を中心とした事業を展開しており、北は北海道から南は鹿児島まで、日本全国を網羅するまでに拠点を拡大しています。
平成26年には岩手県盛岡市に新たな営業所を立ち上げ、平成28年3月には兵庫県西宮市に配送センターを開設しました。また、国内だけにとどまることなく、グローバルな事業展開を考えており、近い将来の海外進出に向けた情報収集および準備を進めています。
青果や精肉などの生鮮食品を新鮮なまま品質を変えずに、消費者である皆様のもとにお届けする「コールドチェーンシステム」は、海外でもお役に立てると信じています。
私たちはこれからも、冷凍輸送のパイオニアとして、ロングセラー企業であり続けるために日々努力を重ねてまいります。

「国産第一号機械式冷凍車」
の復元車

平成18年、創業50周年記念事業の一環として(株)矢野特殊自動車、日産ディーゼル工業(株)の協力のもと「国産第一号機械式冷凍車」を復元しました。

福岡運輸60年の歩み

福岡運輸60年の歩み図
国産第一号機械式冷凍車(矢野式冷凍車)